はじめに
民法の相続に関する規定の改正がされましたが、未施行であった法務局での自筆証書遺言書保管制度(以下「遺言書保管制度」といいます。)が、令和2年7月10日よりスタートします。
なお、このブログ作成時点では、まだ施行されていないため、法務省からの公開情報又は条文などを基に、遺言書保管制度の利用に関する注意点、メリット・デメリットなどを記載します。
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遺言書保管制度のメリット・デメリット
この制度を利用するメリット・デメリットです。
特に公正証書を利用する場合と比較しながら、記載します。
1.メリット
遺言書の保全
自筆証書遺言の場合の不安材料の一つに挙げられるのが、遺言書の紛失・改ざん・隠ぺいです。
この制度を利用すれば、遺言書の情報は法務局に保管されることになります。公正証書遺言と同様、紛失等のリスクは軽減します。
なお、相続人が、遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した場合は、相続人の欠格事由に該当(民法891条5号)し、相続人となることができません。
遺言書の形式不備のおそれがない
自筆の遺言書において、上記の紛失等に並ぶ不安材料は、遺言書の形式不備があります。
遺言書は、民法において、形式的なルールが定められています。このルールに違反したものは、遺言書としては利用できません(無効となります)。
この点、この制度では、遺言書保管の申請時に、法務局職員が形式面でのルール違反とならないようにチェックしてくれるようです。
※内容面についてはチェックしてもらえません。
検認手続きが不要
遺言者が死亡した場合に、家庭裁判所に申し出て、遺言書の検認をする必要があります。
これまで、公正証書で作成した遺言のみ、検認手続きが不要でした。
この遺言書保管制度を利用すれば、自筆証書遺言であっても、家庭裁判所での検認手続きが不要となります。
手数料
法務局に保管する制度を利用しないで手書きの遺言書を作成する場合と比べたら、手数料がかかります。
一方、公正証書遺言の場合と比べて、手数料は安価です。
2.デメリット
手書き
自筆証書遺言、つまり手書きの遺言書を法務局で保管するという制度なので、遺言書を手書きしなければなりません。
近時の法改正により、財産目録について必ずしも自筆でなくても良いとなりましたが、よく考えられた遺言書を作成する場合には、自筆する量は多くなります。
公正証書遺言の場合は、少なくとも公証人に遺言書の内容を伝えるために、概要をまとめたり、資料を準備する必要はありますが、遺言書自体は公証人が作成するので、遺言者の方が手書きする手間は省けます。
なお、私もチャレンジしましたが、手書きは結構疲れます。
出頭
この制度は、管轄の法務局に、遺言者自ら出向かないといけません。
もし、例えば入院中であったり、足腰に障害があり移動が困難な場合など、何らかのご事情で法務局へ行けない場合は、事実上利用ができません。。
公正証書遺言の場合は、多少の出張費はかかりますが、公証人が指定の場所に出向いてくれます。
相続人等の手間
相続が開始し、相続人等が遺言書証明情報の交付申請を行うにあたり、添付書類として以下の書類が必要です。
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍
- 相続人全員の戸籍
- 相続人全員の住民票
他方、公正証書遺言の場合は、被相続人の出生から死亡までの戸籍を集める必要はありません(ただし、遺言の内容にもよります)。
メリットのところで、この制度を利用した自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所での検認手続きが不要であると述べました。
検認手続きが不要な分、遺言の執行までに2~3か月の期間短縮は図れそうですが、上記の戸籍等を収集する手間と時間は変わりありません。
早く遺言書に基づいて相続手続きを希望される相続人等にとっては時間と手間がかかることになります。
なお、上記3種類の書類は、法定相続情報証明でも代用できるとありますが、法定相続情報証明の申請のために同じ書類を収集しなければなりませんので、いずれにしても必要となります。
相続人等への通知
遺言者が死亡し、相続人又は受遺者の方が遺言書保管制度で保管された遺言書証明情報の交付申請を行うと、全相続人又は受遺者の方に通知されます。
これをデメリットとすることに異論はあるかもしれません。
しかし、公正証書遺言の場合であれば、全相続人に遺言者の死亡の事実や遺言の内容を開示することなく相続手続き進めることができました。
なお、念のために補足すると、遺言書で遺言執行者の指定があり、その指定された方が遺言執行者に就任した場合には、全相続人又は受遺者の方に通知義務があります。この義務を怠ると、遺言執行者の解任事由に該当する可能性があります。
また、遺言の内容により、不利益を被る相続人から遺留分侵害額請求をされるおそれはあります。
その他のデメリット
遺言書保管の申請時、マイナンバーカード・運転免許証等の顔写真付きの公的身分証明書の持参が必要となります。
健康保険証はあるけど、顔写真付きの公的身分証明書はない、という方は結構いらっしゃいます。
そのような方にとっては、デメリット(制度を利用できない障害)となるでしょう。
まとめ
執筆者の個人的な見解や主観に基づく部分もございますが、3つの制度を比較してみます。
比較対象
次の3つの遺言方法を、◎△×の3段階で比較します。
- 自筆証書遺言(法務局に保管しない)
- 自筆証書遺言(法務局に保管する)
- 公正証書遺言
遺言書作成
項目 |
自筆証書遺言 (法務局に保管しない) |
自筆証書遺言 (法務局に保管する) |
公正証書遺言 |
作成にかかる費用 ※1 |
◎ | △ | × |
作成できるまでの時間 | ◎ | △ | △ |
不備の防止 ※2 |
× | ◎ | ◎ |
※1 費用の比較については、弁護士や司法書士などの専門家のサポート費用は含まない、実費の部分だけとします。
※2 形式的な要件のみの比較とします(内容面は含みません。)。
遺言書作成後(遺言執行まで)
項目 |
自筆証書遺言 (法務局に保管しない) |
自筆証書遺言 (法務局に保管する) |
公正証書遺言 |
セキュリティ | × | ◎ | ◎ |
遺言執行
項目 |
自筆証書遺言 (法務局に保管しない) |
自筆証書遺言 (法務局に保管する) |
公正証書遺言 |
遺言執行までの費用 ※3 |
× | △ | ◎ |
検認手続き ※4 |
× | ◎ | ◎ |
遺言執行までに要する時間 | × | △ | ◎ |
紛争防止 ※5 |
× | △ | ◎ |
※3 費用の比較については、弁護士や司法書士などの専門家のサポート費用は含まない、実費の部分だけとします。
※4 遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に検認手続きをします。
※5 内容面での紛争は除きます。
総合評価
自筆証書遺言 (法務局に保管しない) |
自筆証書遺言 (法務局に保管) |
公正証書遺言 |
× | △ | ◎ |
上記の表のように比較しても、個人的な見解としても、総合的には公正証書遺言が優れていると考えております。
しかし、総合的に公正証書遺言が優れていると分かっていても、遺言者のおかれた状況により、公正証書遺言以外の方法での遺言書作成も検討することもあります。
どの方法で遺言書を作成するかを検討するにあたり、大まかな判断の基準としては以下のとおりになると考えられます。
- 費用面を重視
自筆証書遺言(法務局に保管しない)
- 確実性を重視
公正証書遺言
- 迷ったら・・・
公正証書遺言 又は 自筆証書遺言(法務局に保管する)
上記以外の判断材料として、とにかくスピード勝負の場合は、自筆証書遺言(法務局に保管しない)の方法で、作成することを検討する余地もあります。
すべての要望を満たす制度は、残念ながら存在しません。
重ねて申し上げますが、遺言を作成される状況に応じて、最適な方法を選択することが重要です。
もっとも、遺言書をどの方法で作成するかよりも、遺言の『内容』を慎重に検討するほうが重要であることは、変わりありません。
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