在監者との不動産売買
在監者とは、刑務所や留置所などの刑事施設(以下「刑務所等」といいます。)で身柄を拘束されている方のことです。
そもそも、在監者と不動産の売買ができるのか?という疑問が生じると思いますが、在監者の方とでも不動産売買は可能です。
ただし、在監者は特殊な環境下にいるため、いくつか注意しなければならないことがあります。
状況により異なる場合がございますので、必ずご自身で調査・調整の上でご対応されることをお勧めいたします。
なお、本ブログの内容は、過去の経験、その時に調べた内容、その他私見に基づいて記載しています。
おそらくこのブログに興味のある方は司法書士などの専門職の方がほとんどかと存じますが、レアケースのため、今後のご参考までに記録いたします。
もし誤りや最新情報などがございましたら、ご教示いただければ幸いです。
在監者特有の事情
まず、在監者特有の事情について、整理します。
- 刑務所等の外に出られない
- 連絡方法が限定されている(電話やSNSなどで、簡単に連絡を取ることができない)
- 在監者との連絡・物品等のやり取りは、刑務所等を通じて行う必要がある
刑事事件を取り扱っている弁護士ならともかく、一般の方が刑務所に出入りすることはほとんどないと思われます。
取引を行う際は、通常より入念な調査と準備が必要となります。
以下、不動産の売買の各場面において、司法書士目線で注意しなければならない点を整理していきます。
事前調査
いきなり売買契約を締結するのではなく、対象となる目的不動産の登記簿を事前に確認して、最終目的である代金の支払・引渡し・登記の申請までのプランを立てたほうが良いでしょう。
当事者の一方が在監者の場合、取引にかかる時間は、通常より多くの時間がかかります。
通常と異なる点を調査して、ひとつひとつの問題点を解決していく必要があります。
在監者の立場 | 主な確認または調整すべき事項など |
共通 |
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在監者が 売主(義務者)の場合 |
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在監者が 買主(権利者)の場合 |
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刑務所等の外に出られない
一旦、刑事施設に収容された場合、在監者の意思では自由に刑事施設の外に出ることができません。
本人に刑事施設外で出て何かをすることを求めることはできないので、在監者の親族や関係者の協力が必須となります。
受刑者との連絡方法
当事者に一方が在監者の場合、電話やSNSなどを使って、すぐに連絡がとることができません。
そのため、在監者と連絡する際には、以下の2つの方法を利用することになります。
- 刑務所等で「接見(刑務所内で面会)」をする。
- 刑務所等へ「手紙」でやり取りする。
1.接見(刑務所内で面会)
当然ですが、在監者と気軽にいつでも面会できるわけではありません。
刑務所等に接見の申込をしたとしても、誰でも接見ができるわけではありません。
たとえば、刑務所で受刑者と面会するのであれば、次のような制限があります。
- 面会できる回数
毎月2回以上可能です。
具体的な回数については、受刑者の優遇区分(第1類~第5類)によって基準が定めれています。優遇区分が定められていない受刑者の場合には、月2回以上の回数で施設が定めます。
*優遇区分
受刑者の受刑態度によって、区分されます。まじめな受刑者ほど、良い待遇が認められます。
- 1回の面会時間
原則、30分です。
ただし、その日に面会が集中する場合には、5分以上30分未満の時間で面会を終了させられる場合があります。
- 面会できる人は限れている
親族の以外の方は、施設側で面会の必要性が判断できない場合には面会できない可能性があります。
- 面会できる人数
同時に面会に立ち会えるのは、3人以下の人数で各施設によって異なります。
- 面会受付日・受付時間
面会ができるのは、平日の午前8時30分から午後4時までの間(昼休みの時間帯を除く。)です。
土日祝日は面会できません。
- 職員の立会
面会時に、職員が立ち会ったり、職員が録音などする場合があります。
- 面会室への持込み制限
録音機、携帯電話、パソコン、カメラなどの電子機器、危険物などは、面会室に持ち込むことができません。
連絡方法とは異なりますが、在監者に電子契約を求めることはできませんので、契約は書面によって行うことになります。
2.手紙
受刑者の場合、手紙のやり取りも一定の制限を受けます。
- 回数制限
受刑者が、手紙を受取る回数には制限はありません。
反対に、受刑者が手紙を発信する回数には制限があります。この場合も、受刑者の優遇区分によって回数は異なります(毎月4通以上)。
細かな注意点ですが、当然送料(切手)は、受刑者負担となります。受刑者に切手を購入する資力がない場合には、あらかじめ切手を差入れしておく必要があります。
- 内容の検査
受刑者が送受信する手紙は、あらかじめ施設において内容の検査が行われることがあります。
- 日数
上記のような制限があるため、発信してから手元に届くまで通常より1週間くらい長めにかかると考えたほうが良いでしょう。
売買代金等(物品)の受渡し
売買に伴って、一定の物品等のやり取りをしなければなりません。
代表的なところでは、以下の物品等の受渡しをする必要があると思います。
- 契約書(必要があれば印鑑も)
- 金銭(売買代金・固定資産税の精算金・仲介手数料・登記費用など)
- 権利証、住民票などの登記必要書類
- 鍵
まず、受刑者に、直接手渡しすることはできません。
反対に、受刑者からも、直接手渡しで受け取ることもできません。
面会中であっても同様です。
これらは、手紙と同様に、すべて刑務所を通して行うことになります。
なお、手紙と同様に、物品の受渡しも1週間程度かかります。
差入れ
差入れができる物品や差入れの手続についても、細かく決められています。
- 物品
現金、日用品などが差入れができます。
差入れにあたって、差入れできる品目、指定業者が取り扱っている品目でないと差入れできない、1回に差入れできでる数量などが細かく決まっています。
また、受刑者が施設内で物品を保管できる量が決められているようなので、差入れ時には施設のほか、受刑者とも事前に連絡を取っておくほうが良いでしょう。
- 手続
入所先の施設に直接持ち込んで窓口で手続きを行う方法と、郵送での差入れする方法があります。
ただし、差入れが認められない場合には、引き取りを求められることもあります。
宅下げ
差入れと反対に、受刑者から、外の方に物品を渡すこともできます。
この手続きは、受刑者が行うことになりますが、経験したことがないので具体的な手続き方法については分かりかねます。
以前、刑務所に問い合わせたところ、刑務所側で内容の確認を行うとのことで、すぐに宅下げすることはできず、だいたい1週間程度は見てほしい、と言われたことがあります。
売買契約
上記のとおり、在監者が契約当事者となる場合には、特有の事情を考慮しなければなりません。
では、実際に、売買契約から引渡し(所有権移転)に至るまで、どのような点に注意をしなければならないかを考えてみたいと思います。
ここからは、在監者が「売主」であることを前提に記載します。
なお、不動産登記手続については、後述いたします。
契約書の締結
契約書を締結する場合、一般的には下記の2つの方法で行われます。
- 売主・買主が一同に会して面前で契約書に署名または記名押印(以下「押印等」といいます。)する方法
- 持ち回りで押印等する方法(売主・買主が別々に押印等する方法)
在監者が相手方の場合には、直接書類のやり取りができません。
したがって、在監者が契約当事者の一方である場合には、上記2の「持ち回り」で押印等する方法を選択することになります。
売買代金等の支払、引渡し
前述のとおり、受刑者と直接物品のやり取りをすることができません。
すべて刑務所を通じてすることになります。
このあたりは、売買契約書の記載方法の工夫がいるところです。
事前調査を綿密に行い、どうすれば売買代金等の支払(受取方法)や、引渡しとするかを当事者間でコンセンサスを取っておく必要があります。
犯罪収益移転防止法との関係
犯罪収益移転防止法では、不動産の売買をする場合には、仲介業者や司法書士には本人確認義務があり、当事者の運転免許証・マイナンバーカード等の本人確認書類の保存をする必要があります。
受刑者であっても、運転免許の更新は可能であり、有効期限内の運転免許証を保管していれば対応は可能となります。
※私見となりますので、軽く読み流してください。
受刑者は、警察が本人を特定した上で逮捕し、刑事裁判の結果、収監されます。
つまり、受刑者であるということは、国が本人を特定していることになります。
反対の言い方をすると、本人ではないと否定するほうが難しいと言えます。
ただし、あってはならないことですが、冤罪の場合を除きます。
不動産登記手続
不動産を、売買や贈与などする場合には、一般的には不動産登記手続(所有権移転登記)もセットで行います。取引等の相手方が在監者の場合には、登記手続においても注意しなければならないことがあります。
在監者の方が売主(義務者)の場合のほうが気を付けないといけないと思いますので、売主(義務者)に限定して記載します。
必要書類
所有権移転登記において、売主側で必要な書類は、在監者であっても通常の場合と同じです。
- 権利証(登記済証・登記識別情報)
- 印鑑証明書
- 実印
- 本人を確認できる公的身分証明書
住所又は氏名の変更がある場合には、住民票又は戸籍の附票等の準備も必要です。
権利証(登記済証・登記識別情報)
おそらく権利証を持って収監されることは少ないと思いますので、まずは在監者のご親族の方にご協力いただくことになります。
権利証を提供できない場合
問題となるのは、ご親族の方からの協力を得ることが難しい場合や権利証を紛失等の場合で、権利証を提供できない場合です。
この場合、登記手続の難易度がぐっと上がります。
権利証を提供できない場合には、次の3つの方法で代替手段を講じます。
具体的な下記1~3の内容については、「権利証・登記識別情報がない場合の手続」をご確認ください。
- 資格者代理人の作成による「本人確認情報」の作成
- 事前通知
- 公証人の認証
事前通知
まず、在監者の場合には「2.事前通知」の方法は使えません。
なぜなら、在監者は住民票上の住所に存在しないからです。
さらに、事前通知の方法では、義務者が法務局が通知を発してから2週間以内に返信しなければならないのですが、在監者の場合には通知の受け取り(差入れ)及び発信(宅下げ)にも時間がかかっていしまいます。その結果、期限内に返信ができない可能性が高いので、売買の場合は避けるべきでしょう。
※在監者でなくても、通常、売買の場合に事前通知を利用する方法はリスクが高いため避けます。
本人確認情報の作成
次に「1.資格者代理人の作成による「本人確認情報」の作成」ですが、こちらも難易度は高いです。
本人確認情報を作成するためには、資格者代理人(弁護士又は司法書士)が直接面談した上で、法定の公的身分証明書を提示していただき、本人に間違いないとの確証を得る必要があります。
直接面談については、面会ができればクリアできます。
本人に間違いないとの心証についても、在監者であればハードルは低いと思います(ある意味、国家が本人であることを認めているので)。
しかし、法定の公的身分証明書については、そもそも所持していなかったり、特に刑期が長い方については有効期限が切れているなど、準備できない可能性があります。本人確認情報で利用できる公的身分証明書については法定されているため、代替手段が認められませんので、事前調査を十分に行いましょう。
公証人の認証
最後の手段として、「3.公証人の認証」です。
登記申請を行う司法書士に対する委任状に公証人の認証文を付けてもらう方法です。
簡単そうに思えますが、十分な事前調整を行う必要があるため、難易度は高めです。
通常、公証役場で、売主が公証人と面談し、公証人が売主本人であることに間違いないとの心証を得られれば認証文を発行してもらえます。
しかし、在監者は外に出られませんので、公証人に出張していただく必要があります。
ここで注意しなければならないのが、面会制限と書類の差入れ及び宅下げです。
【面会制限】
その月の面会回数の上限を超えていれば、面会できません。
或いは、その日に限って、先に面会した方がいて面会できなくなるケースもあるそうです。
さらに、面会時間の制限もありますので、時間内にすべてを終わらせるように段取りする必要があります。
【書類の差入れ・宅下げ】
委任状等の書類については事前に差入れを行います。
在監者の方には、面会時、面会室に持参できるように内部で許可を取ってもらう必要があります。
さらに、公証人の面前で署名・押印したとしても、認証文はその日に発行しなければならないため、即日宅下げしてもらう必要があります。
この手続きも、在監者の方に即時で行っていただく必要があります。
しかし、原則、即日宅下げは認められていませんので、刑務所側と十分な事前調整が必要となります。
印鑑証明書
在監者の方でも印鑑証明書(登記申請日以前3か月以内)と実印をご用意いただけるようであれば、通常とおり利用可能です。
当然ながら、在監者の方が印鑑証明書を取りに行くことはできませんので、印鑑カードを預かって代理で取得する必要があります。
印鑑証明書を用意できない場合
印鑑証明書を用意できない場合には、本人の拇印である旨を刑務所長又は刑務支所長が奥書証明した委任状を添付することで代用ができます(昭和39年2月27日民事甲423)。
【参考】
刑務所在監者が登記義務者として登記を申請した場合、看守の証明ある拇印と委任状、登記原因証明書に押捺した拇印の同一性を確認し得る場合には、受理して差し支えないが、通常の取扱いとしては、委任状及び原因証明書等に押捺した拇印につき看守の奥書証明を得た者を添付させるのが相当である(登記研究第137号47頁)。
まとめ
過去に当事務所が手続きを代理したケースでは、以下の状況でした。
- 住所変更あり(沿革つかない)
- 権利証がない
- 運転免許証等の有効期限内の公的身分証明書がない
- 印鑑証明書の取得は可能
ご相談をいただいてから、当事者間の考えの相違等もあって、解決までに2年程度を要しました。
しかしながら、事前調査をしっかり行い、当事者、刑務所及び公証人の先生と綿密に打ち合わせを行っていたおかげで、刑務所での手続きは予想以上にスムーズに進めることができました。
イレギュラーな案件に対しては、事前調査、解決までのプラン作成及び関係者との調整をしっかり行いましょう。
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