過去に作った遺言書を放置していませんか?
昨今、終活の一環として、遺言書を作成される方が増えています。
当事務所でも、遺言書作成や遺言書に基づいての相続手続のご相談をいただくことがあります。
遺言書は、遺言者の死後、遺言者自身の財産をどのように分配又は処分するか?を決めることができます。
このようの効果を利用して、遺言者の死後に、相続人間での争い(争続)を未然に防いだり、相続手続をスムーズに進めてもらえることなどを期待して、遺言書を作成されることが多いと思われます。
しかし、せっかく遺言書を作ったのに、放置していませんか?
時間の経過とともに、財産内容・相続人との関係など、状況は変化します。
状況に応じて、遺言書の内容も見直されることをお勧めしております。
もちろん、変更する必要がない場合には無理に変えなくて良いですが、変更又は撤回しておいたほうが良いのに、そのままにしていたことで、せっかくご家族のことを考えて作成した遺言書が存在しているために、困った事態が生じる可能性があります。
実際にあったご相談事例です
生前、ご主人が銀行に進められて遺言書を作成し、遺言執行者をその銀行に指定していました。
このご夫婦には子がいなかったため、相続人は奥様とご主人の兄弟姉妹です。
ご主人が遺言作成した時には財産も相当あったようですが、年月の経過とともに財産を費消し、相続開始(死亡)時には自宅マンションと僅かな預貯金だけになっていました。
遺言書はそのままでしたので、この相続手続きは遺言執行者である銀行が行うことになります。
銀行なので、きちんと遺言執行者の仕事はしてくれると思います。
しかし、銀行が遺言執行者に指定された場合の報酬は高額です。
- 銀行は、銀行を遺言執行者に指定してもらう際に、遺言者との間で「遺言執行者就任予諾契約書」又はこれに類似した契約書を締結します。銀行の報酬は、その契約書に記載されています。
- 銀行が設定している報酬は、最低100万円+成果報酬としているところが多いようです(当事務所調べ)。
- 遺言執行者に銀行が指定されていたとしても、相続税申告書作成や相続登記手続きは税理士又は司法書士が行いますので、銀行の報酬+税理士又は司法書士の報酬がかかることになります。
財産の状況が大幅に変化しているのに、遺言書を放置していたことにより、残された相続人としては遺産で得る利益は多くないのに、銀行に対して高額な報酬を支払わなければならないことになりました。
では、実際に、遺言書を変更または撤回する方法はどのようなものでしょうか?
遺言書の変更又は撤回方法は、民法で定められている
遺言者自身が作成した遺言を変更又は撤回したことを
- 思っていた(心の中で思っていただけ)
- 口頭で親族の方に伝えていた
としても、遺言書の変更又は撤回の効力は生じません。
遺言書作成の要件が民法で定められているのと同様に、変更又は撤回する方法についても民法で定められています。
- 後の遺言書で撤回(民法1022条)
- 前の遺言と抵触する内容の遺言を作成(民法1023条1項)
- 遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合(民法1023条2項)
- 遺言書又は遺贈の目的物を破棄(民法1024条)
後の遺言書で撤回(民法1022条)
民法1022条では「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。」と定めています。
つまり、遺言は遺言で撤回することになります。
特に、公正証書遺言で遺言書を作成した場合には、できれば撤回した旨の公正証書遺言を作成する方法をお勧めします。
前の遺言が公正証書で作成されていたとしても、撤回のために作成する後の遺言は必ずしも公正証書である必要はありません。
しかし、公正証書遺言の場合、遺言書の原本は公証役場に保管されます。
相続開始後、公証役場で保管されている遺言書の情報を検索できます。
例えば、2通の遺言書を作成されていて、2通目の遺言で、1通目の遺言を撤回する旨の記載があれば明確に撤回したことが判明します。
もし撤回する旨を記載した遺言書が自筆証書遺言の場合は、まず相続人に発見してもらう必要があります。
さらに、発見されたとしても、家庭裁判所へ検認手続きが必要となります。
相続人に相続手続するにあたり余計な負担がかかることになります。
前の遺言と抵触する内容の遺言を作成(民法1023条1項)
前記1022条の規定と類似する条文になります。1022条は、遺言の内容の全部又は一部を単純に撤回するする方法です。
1023条1項は、例えば、ある特定の財産(X財産とします。)を、1通目の遺言で「Aに相続させる」としたものを、2通目の遺言で「Bに相続させる」とした場合のように、前後の遺言で内容が競合している場合です。
この場合、2通目の遺言が勝ちます。
したがって、X財産については、Bが相続することになります。
なお、競合していない部分については、そのまま1通目の遺言が効力を有したままになります。
遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合(民法1023条2項)
例えば、「X財産をAに遺贈する」と遺言した後に、遺言者がX財産を売却や贈与などの生前処分するような場合です。
上記の例であれば、遺言者が死亡したときにはX財産は存在していません。
遺言に基づいてX財産の執行ができませんので、撤回となります。
なお、上記の例でX財産を売却した場合の売却代金には、遺言の効力は及びません。
遺言書又は遺贈の目的物を破棄(民法1024条)
民法1024条では「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。」と定めています。
遺言者が、遺言書を破棄した場合には、遺言の効力が生じる遺言者の死亡時には遺言書が存在しないことになりますので、存在しない遺言に基づいて遺言執行を行うことはできません。
ポイントは、主語が「遺言者」となっていることです。
相続人が遺言書を破棄した場合には、相続の欠格事由に該当する可能性がありますので、ご注意ください(民法891条5号)
遺贈の目的物を破棄した場合も、目的物がないので、遺言執行ができません。
相続人による遺言の否定
これまでは、遺言者自身がする遺言書の変更又は撤回の方法について紹介いたしました。
ここからは、遺言者が亡くなった後に、相続人によって遺言の効力を打ち消す方法です。
遺産分割協議によって、遺言の内容と異なる方法で遺産を分ける
遺言書が残っていたとしても、共同相続人が協議により、遺言書と異なる遺産分割をすることは可能です(民法907条1項)。
しかし、この方法でも無制限に遺産分割協議ができるわけではありません。
遺言執行者が指定されている場合
遺言書に、遺言執行者が指定されていて、その指定された者が遺言執行者への就任を承諾した場合には、この方法は使えません(民法1013条)。
民法1013条1項では、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と定めています。
相続人が、遺言と異なる内容で遺産を処分をしようとしても、その行為は無効な行為となりますので、遺言執行者がその処分を取り消すことになります。
【参考】民法1013条
- 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
- 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
- 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。
遺産分割協議がまとまらない場合
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。
遺言書により、利益を受ける相続人が遺産分割協議によって不利益となる場合には、素直に応じてくれるとは限りません。
相続人全員の同意がなければ、遺産分割協議によって遺言と異なる内容での遺産を分配等することができません。
遺言で相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産分割を禁止している場合
遺言者が、遺言で相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産分割を禁止している場合は利用できません(民法907条1項、908条1項)。
【参考】
民法907条1項
共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
民法908条1項
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
遺言は、遺言者の最終意思です。
死亡した遺言者の最終意思については、遺言書に記載された内容以外には確認仕様がありません。
そのため、共同相続人によって遺言の内容と異なる方法での遺産分割協議為はハードルが高いものとなっています。
まとめ
遺言書は万能薬ではありませんが、遺言書の意思を死後に相続人等に伝える有効なツールです。
作成時と死亡のタイミングに開きがある場合には、状況に応じて遺言書の変更または撤回を考えておくと良いでしょう。
このように記載すると、なるべく最後のほうに遺言書を作成しようと考えられる方もいらっしゃいます(結構多い?)。
しかし、遺言書の作成は後回しにすべきではありません。
一寸先は闇というように、将来、どんなことが起こるか分かりません。
後回しした結果、遺言書を作成する能力がない、または作成すること自体失念していたような場合には、遺言者の最終意思を残されたご家族に表示することができません。
このようなリスクに備えて、なるべく早めに遺言書を作成されることをお勧めします。
そして、遺言書作成後は、定期的に見返していただき、変更または撤回を検討していただければと存じます。
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